May 1, 2000

No.1「ベイビーの心臓」1999年5月

No.1「ベイビーの心臓」1999年5月

 「娘」は今年の9月20日に生まれる予定の私の二人目の娘のことです。
 「No.1」というのは、これが連載一回目ということです。

 まだ彼女の名前は決めていませんので、しばらくはベイビーと呼ぶことにします。

 4月に行った超音波検査で、ベイビーは心臓に大きな問題があることが分かりました。AV Canal defectという問題で、心房・心室を表すA、Vの壁に問題があります。本来は、右と左の部屋を分けている壁が殆ど無く、かつ心房・心室の間にある弁が、本来は右・左にそれぞれ1つずつあるはずが、合計で1つしかありません。現代医学を活用すれば、壁は比較的簡単に形成できるけれども、弁を作るのはなかなか難しいとのことです。
 今は妻のおなかで元気に動き回っています。しかし、生まれてから半年以内には手術を行わなければなりません。その結果によって、早く死んでしまうのか、激しい運動はできないけれども普通の人と同じように天寿を全うできるのかは分からないということです。
 最初に不思議に思ったのは「そんなに悪い状態の心臓で、どうして生まれてすぐではなく、半年近くも手術を待てるのか」ということでした。ドクターによると、「そりゃ、赤ん坊は寝ているだけだから心臓には負担がかからないんだよ」ということです。なるほど。でも不思議。

 アメリカでは、こういう障害を抱えた子であると分かると、「産みますか?」とすぐ尋ねます。私は妻と話し合って産むことを決めました。理由は、(1)妻の体には悪影響がない (2)親の動物的本能としてベイビーを守りたい、です。

 このベイビーのおかげで、「命」とか「人生」とか色々と普段はなかなか考えないことを考えさせられています。こいつはスゴイ。
 親がやるべきことは「子供にチャンスを与えてやること」だと思います。
 普通の子供であれば、「色々な経験をさせてやって自分の人生を選べるようにしてやること」が、「チャンスを与えてやること」でしょう。このベイビーの場合はその前に「生きるチャンスを与えてやること」が必要です。

 私と妻は「産む」ことを決めてからはカラッととても明るい状態です。最大限の努力をしてこのベイビーにチャンスを与えてやるけれども、ダメだったらそれはそれで仕方ない。誰も永遠に生きることはできないのだから。
 だから、ベイビーの話をして「可哀想」と言われるとちょっと困ってしまいます。ベイビーにとってはそれが彼女の人生であって、可哀想なものではないのですから。

 この連載を始めたのは私自身の人生観が大きな理由です。「同時代に生きている人々にいかに多くの大きな影響を与えたり与えられたりするか、が一番大事」。ベイビーの人生は短いかもしれません。でも、すでにこのベイビーは私と妻に大きな影響を与えています。そこで、私を通じて彼女の無意識なメッセージを皆さんにお伝えしようと思います。

 明るく、冗談も交えてお付き合いください。